岐阜新聞 分水嶺  「地域造りには住民の意思が大切だ」

【追記 2019年10月19日 正馬様用地、超深地層研究所、機構の調査対象領域を添付します】
【追記 2019年10月19日 正馬様用地進入路として、名鉄所道路からケーブルや道路設置検討図県に提示】
            
岐阜新聞2019年10月14日付 岐阜新聞 コラム「分水嶺」を添付します。

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 コラムでは、機構を市有地賃貸借に追い込んだ、当初の研究所用地・正馬様(しょうばさま)用地を抱えた瑞浪市明世町月吉区(あきよ町 つきよし区)の闘いと、それに応える自治体の働きに焦点を当てます。

 月吉区も正場様用地も、研究所の立坑が約1.5㌔離れた明世町山野内区に移転後は、余り注目を集めることはありませんでした。
 
 機構の正馬様用地・約14㌶は東濃ウラン鉱山のズリ置き場として、瑞浪市に買収を依頼し、1978年に取得しました。

 1986年に機構が核のごみ処分研究に事業を変更した時から、この用地で1000mのボーリング孔等で着々と処分研究をしていました。
(1992年からは、やはり目的を伏せて、用地を含む10㌔四方で深層ボーリングも開始していました)

 しかし、機構は月吉区にも、瑞浪市にも、市議会にも住民に目的を隠していました。
 月吉区は機構の不明確な説明や対応に不信感をいだいていました。

 1995年の究所計画発表に、月吉区は強く反発し、説明会退席、月吉対策委員会に窓口を1本化し、処分場が決まったら研究しても良い、それまでは研究所の建設を認めないとも機構をはね返すこと6年。

 正馬様用地に入るには、手堀のトンネルしかない状況。月吉区にはトンネル拡幅を認めてもらうことができない。
 困り果てた機構は、用地の西の山側にある名鉄所有道路を使用する2つのケーブル設置案と用地から名鉄所有道路につなげる工事用道路建設の計3案を2001年に岐阜県に提示していました。
(岐阜県は2001年には名鉄所有道路以外を白抜きで部分開示、移転決定後の2002年3月22日全面公開しました。)
 機構の名鉄所有道路を使用した、3つの仮設備案をアップします。
  名鉄所有地に仮設備.png

 研究所を受け入れた瑞浪市の高嶋前市長は、2001年に現在の瑞浪市有地への移転を提案し、機構は提案を受けて、2002年1月17日に20年間の土地賃貸借契約を結びました。

 こうして、研究の期限が発生しました。
 
 契約には延長条項もありましたが、岐阜県と瑞浪市は研究所を埋め戻させるために、力をつくしてくれました。

 【追記 正馬様用地、超深地層研究所、機構の調査対象領域を添付します】
 
正馬様用地p.20.png

超深地層研究所、機構の調査対象領域p.29-1.png